酒井武|ピアノ調律師/コンサートチューナー

インタビュアー:國崎晋(RITTOR BASE ディレクター)

國崎:「ピアノ調律師/コンサートチューナー」とはどのようなお仕事なのでしょうか?
酒井:ピアノが使われるコンサートやレコーディングの現場で、ピアノの鳴り方をいろいろな面から調整する仕事をしています。ピアノの調律は音の高さを合わせるだけでなく、ピアノのメカニックの部分であるアクションを調整する作業も行います。ピアニストから鍵盤をもっと深く沈みこむようにして欲しいとか、逆に浅くして欲しいとか、あるいは重くとか軽くとか、タッチに関していろいろと感覚的なリクエストをいただくので、ピアノのメカニズムのいろいろなパーツを調整してそれに応えていきます。その作業のことを「整調」と言います。さらに音色を整える作業もあり、それは「整音」といいます。音の高さを合わせる「調律」、アクションを調整する「整調」、そして音色を整える「整音」、この3つをまとめて「調律」という言い方になっています。
國崎:酒井さんはどのような経緯で坂本さんのピアノを調律するようになったのですか?
酒井:坂本さんのケースはとても珍しくて……普通、ピアニストは自分のピアノを持ち運べませんので、ホールやスタジオの備品を使うのですが、坂本さんはレコーディングやコンサートのとき、常にご自身のピアノを現場に持ち込んでいたんです。坂本さんが所有されているピアノがヤマハピアノだったので、代々ヤマハの調律師が坂本さんのピアノの調律を担当しており、僕は2010年から2015年の5年間を担当していました。
國崎:坂本さんのピアノの調律を行う場合、他のピアニストとは異なるような注文はありましたか?
酒井:僕が最初に坂本さんの調律を本格的に担当したのは、2010年に大貫妙子さんと作られた『UTAU』のレコーディングのときでしたが、そのときに「真っ直ぐな音……ピーンと鳴るような音が欲しい」と言われました。ピアノは1つの鍵盤につき弦が3本ある音域があって、それらをどう合わせるかによって“ポーン”とか“フワーン”というように、いろいろな音の形が作れるのです。例えばショパンを弾く場合だと“フワーン”となるように調律しますし、バッハだとカチッとした音にします。坂本さんの場合はそのどちらでもなく、“ピーン”という揺らぎのない音。コンサート会場の最後列まで真っ直ぐに届く音を望んでいました。「静かな森の中に湖があって、湖面が全然揺れてない状態」とおっしゃっていましたが、そのためには単純に3本の弦をぴったり合わせればいいというわけではありません。ぴったり合わせると減衰が早くなってしまう……合い過ぎて“ピーン”じゃなくて“ポン”ってなってしまうのです。
國崎:近年、坂本さんはピアノの音の消え際を聴くのが好きとおっしゃっていました。そのためには真っ直ぐな音を必要とされていたのでしょうか?
酒井:はい、響きを聴きたいから音を長く伸ばすにあたり、揺らぎがないようにしたかったのだと思います。ただ、そのためにはオクターブごとに平均律が本当に精密にできてないといけない。そうでないと次のオクターブで崩れていってしまいます。坂本さんはピアノの88鍵を全部使うので、それぞれのオクターブを精密に合わせていくにはかなり時間がかかります。
國崎:坂本さんは鍵盤のタッチに関してはどのような好みがあったのでしょう?
酒井:タッチに関しては、2010年から2015年に僕が担当していた時と、『Opus』の録音をした2022年とでは話がちょっと違います。2010年から2015年頃の坂本さんは、ピアニッシモからフォルティッシモまでコントロールできる体力があって、音色は暖かく落ち着いた音が好みでした。その音を出すために、それに合うタッチにしていました。ところが『Opus』収録のとき、初日に僕が前のイメージのまま整調したら、指慣らしをされた坂本さんに呼ばれて、「酒井さん、すごく僕のことを分かってくれていて、とてもいい調律なんだけど、今僕は闘病中でタッチが変わってしまったんだ……」と。体力が落ちていた坂本さんにとって、タッチが敏感過ぎたんですね。それで少し鈍くする方向で整調していきました。
國崎:「整音」についても以前と変化した部分は?
酒井:音色については「暗い音を出したい」と言われました。ピアノの音にはたくさんの高次倍音が含まれていて、それにより生じるブリリアントな音色は特にクラシックの演奏に必要なのですけど、暗い音を出すためにはその成分を抑え減らしていく方向で整音しました。
國崎:具体的にはピアノのどこを触るとブリリアントな成分を抑えられるのでしょう?
酒井:ピアノは鍵盤と連動しているハンマーが弦をたたくことで音が鳴る仕組みになっていますが、そのハンマーの固さを調整することで、ブリリアントな音からソフトな音までさまざまな音が出せます。ソフトにするためにはハンマー外側の羊毛の部分を、針が付いている工具で刺していきます。そうすると羊毛がほぐれて柔らかい音になっていきます。逆に硬くしたい場合は鍵盤を連打して羊毛を固めたり、紙やすりをかけて削ったり、硬化剤を使って硬くすることもあります。
國崎:『Opus』収録の際、整音は曲ごとに行ったのでしょうか?
酒井:全部の曲というわけではないですが、曲ごとに弾かれる音域が少しずつ違いますからその辺りを調整することはありました。ピアノは弾きこんでいくと、さっきも言いましたようにブリリアントになっていく……どんどん鳴るようになりますので、その辺りのバランスを直していきます。収録は一週間ほどかけて行ったのですが、実は日々音は変わっているのです。坂本さんの望んでいる音が分かってきたというか、僕の耳が変わっていったというのもありました。『Opus』のコンセプトのひとつとして時間の流れがあるので、坂本さんも「ずっと同じじゃなくていいんだ」っておっしゃっていて、僕もどんどん良くなるように毎日調整を重ねていきましたね。
國崎:収録順と映画での曲順はほぼ一緒と伺いました。
酒井:はい。なので、曲を追うごとにだんだん楽器が鳴ってきています。最初にその状態のピアノが作れればいいんですけど、その時間があってこそなので。逆に曲ごとのそういう聴き方を楽しんでいただければ嬉しいです。
國崎:「20180219 (w/prepared piano)」はプリペアードピアノによる演奏でした。映像にもありますように坂本さんが施したのですよね。
酒井:はい、弦をクリップで挟んだり、いろんな小物を差し込んだりしていましたね。
國崎:プリペアードピアノは、ピアニストが偶発的な音が欲しくて行うケースが多いですが、「20180219 (w/prepared piano)」は本来のピアノとは違う倍音を得るために坂本さんが「整音」をしているように見えました。
酒井:その通りですね。ちゃんと狙いがありました。恐らく何回も試したのを踏まえ、クリップの挟み方などのノウハウが坂本さんにたまっていたのだと思います。出鱈目にやっているのではなく狙って出していましたね。
國崎:完成した『Opus』をご覧になって、酒井さんはどんな感想を持たれましたか?
酒井:2022年末に「Playing the Piano 2022」の配信を観たときと、映画『Opus』とで印象がかなり変わりました。お亡くなりになったという意識で観ているからかもしれませんが、より純度が高いというか、ドキュメンタリー性を減らし、作品性が高まったと思いました。冒頭、カメラが坂本さんの後ろ姿をとらえていますが、あのアングルは僕がいつも見ているアングルなのです。コンサートでのいつもの自分の立ち位置から見える景色なのでドキドキしましたね。
國崎:坂本さんの最後のピアノ演奏として残るかもしれないという意味で、大変なプレッシャーだったとは思いますが、あらためて振り返るといかがでしたか?
酒井:普通のコンサートとは違い、事前の配信もするし、最終的には映画のための収録で、坂本さんからも「これは大切な収録だから酒井さんにお願いしたんだ」とお話をいただき、嬉しい反面、気を引き締めて頑張らなければならない現場でした。2015年以降、僕は海外に転勤となって坂本さんの調律から離れていたのですが、今回また呼んでいただけたのは、僕が坂本さんの調律をやっていた5年間は『UTAU』の収録やツアーだったり、「Playing the Orchestra」など、ピアノを弾かれる機会がものすごく多い時期で、そのときの印象が良かったからだとスタッフの方から伺いました。それこそ最初の『UTAU』の収録のときは、“真っ直ぐな音”と言われてもすぐに対応できず、「もうちょっとこうして」みたいに言われていたのが、だんだんと何も言われなくなり、僕も坂本さんが求めている音が分かってきて、担当していた時期の後半3年くらいはピアノについては何も言われることがなくなりました。クラシックの現場で得たものに加え、学ぶことが多く、そういう意味では坂本さんに育ててもらったという意識があります。そんな坂本さんにとって最後になるだろうという収録で再び呼んでいただけたのは本当に嬉しかったです。一週間かけた収録は、やっている時は大変だったのですけど、終わってみると本当に充実した毎日でした。

空音央|監督

インタビュアー:佐々木敦(思考家/批評家)
編集:國崎晋(RITTOR BASE ディレクター)

佐々木:そもそもなぜライブ演奏を音央さんが映画にすることになったのですか?
空:発端は2020年に行われた配信ライブで、僕は一応カメラ担当で入っていたんですけど、実際に配信されたものの出来が良くなかったんです。で、2022年の3月か4月に“コンサートみたいなものを映像化したいから何かやってくれ”という話が来たんです。僕はちょうど自分の長編映画の準備段階で忙しい時期だったんですけど、本人の病状がどんどん悪化していたので、やはり後悔はしたくなかったのでやることにしました。
佐々木:ということはディレクションというか、どういうルックのどういう作品にするかを考えるところから始めることができたわけですね。演奏を撮影して映画にするといっても、本当にいろんなアプローチがあり得えますが、こういう形の作品にしようとした理由は?
空:最初は悩みました。ドキュメンタリー的な映像……最期の日々的なものを撮ってコンサート映像に挿し込んだりとか、アーカイブ映像を持ってきたりとか、インタビューを挟んだりとか、もしくはコンサートのビハインド・ザ・シーンみたいな、ちょっとほっとしている雰囲気の映像を挟むとか、いろいろありますよね。でも、ある時点でそれはいらないって決めたんです。
佐々木:それはすごく大きな選択だったと思うんですけど、なぜそうされたのですか?
空:自分が肉親という特権的な距離にいるからこそ撮れる映像を入れれば、もちろん本人の人間性みたいなものが見えてくるんですけど、実はそれって既に結構やられている。だから僕にできる一番のことは、ちゃんとコンサートを撮ることかなと。実際、コンサートを疑似体験するっていうのを目的とした途端、いろいろスムーズにいったんです。とにかく現場で起こったことを撮るだけにして、どれだけこの映画を通してコンサートを疑似体験できるかに徹する感じ。そうと決めたら僕の仕事は単純というか……今でも思っているんですけど、僕は本当にこの映画の監督なのかなと。音楽の方はほとんど口出しせず、映像だけ任せてもらって……映像も本当に信頼しているビル・キルスタインっていう撮影監督に任せ、あとは素晴らしい照明デザインの吉本有輝子さん、信頼する編集の川上拓也さん、カメラオペレーターの石垣求さん、小田香さん、そして録音とミックスのZAKさん。みんなすごく信頼しているスタッフなので、ほとんど任せた感じなんです。
佐々木:信頼できるスタッフに任せたとはいえ、監督として何かテーマ設定をされたのではないですか?
空:そうですね、やはり核に据える何かがないとブレるので、“身体性”をテーマとしました。それを決めたというのが監督としての自分の仕事ですね。そうしたらすぐにほかの要素が決まりました。例えば、なぜ白黒の映像にしたのですかとよく聞かれるんですけど、それも身体性を考えたからです。白黒にすることで手の皺やピアノの質感を浮かび上がらせることができる。あと、最も本質的な映画の喜びは何か?みたいなことを考えたとき、僕は炎を見てるような光と影が揺れている感じ……しかもそれがリズムに乗ってというのが一番だと思っていて、それを白黒でやるとレジェの『バレエ・メカニック』みたいな初期のダダ作品とか、アルタヴァスト・ペレシャンのモンタージュ理論に近いような、白と黒の影のダンスみたいになっていくかなと。しかもズームインすればするほど、影が大きなスクリーンを巡るだけみたいになって抽象性が増すかなと。
佐々木:抽象性というか、今回かなりストイックな作品になることは最初から分かっていたと思います。NHKの509スタジオで撮影されたわけでお客さんはいない。広いNHKのスタジオにピアノだけで、ものすごく要素がミニマルになってしまうじゃないですか。それを長編映画にするとなると映像設計が必要というか、ずっと同じ感じで行くわけにもいかないですよね。何か過去の映像作品で参考にしたものはありましたか?
空:具体的に参考になったのは『グレン・グールドをめぐる32章』という、いろいろな切り口でグレン・グールドを見せる映画でした。ピアノを撮る場合って結構アングルが限られるんですけど、こんな撮り方があるんだという発見がありましたね。もうひとつはやはりグールドものなんですけど、1960年代にレナード・バーンスタインがやっていたアメリカのTV番組にグールドが出演したときの映像Ford Presents "The Creative Performer" (1960)です。オーケストラと一緒に演奏している映像で、白黒なんですけどちゃんとライティングされていて、ハリウッドさながらのミュージカル映画みたいなカメラの動きが素晴らしいんです。こういう感じに撮れば長く観ていても飽きないなと。
佐々木:そういうリファレンスがあった上で、実際にはどのような撮影プランを考えたのですか?
空:観客がいないというのを逆に生かして、いかに観客の主観的な体験をカメラで模せるかを考えました。例えばホールのコンサートって大体何百人と一緒に聴くものですけど、次第に自分の世界に入っていって、気付いたらすごく近くにいるような錯覚に陥ることってありますよね。逆に広大なメロディに差し掛かった時に本当に風景が見えてくるみたいな感覚に陥ったりも。そんな感じで曲に寄り添った撮影をしたいと思ったんです。
佐々木:曲そのものが持っているイメージとか展開を踏まえ、そのドラマツルギーみたいなものを映像に反映させたということですか?
空:まさにその通りですね。ショットの構成を曲単位でやりました。分かりやすい例で言うと「Aubade 2020」という曲は全部固定カメラでやったんですけど、ビルに“これは淡々とした毎日の生活みたいな曲だから、小津っぽく撮ってくれ”ってお願いしました。
佐々木:観客の主観的な体験を模すようなカメラということでしたが、オープニングの「Lack of Love」は舞台袖からのカメラで、観客目線とは異なりますよね。
空:そこだけは例外というか、あれは僕の視点なんです。本人がピアノを弾いてる時に僕が一番見ていた視点は背中からだったので、それを最初にしました。何がもとになってるかっていうと、坂本龍一がまだ元気だったころ、“ご飯ができたから呼んできてよ”って母親に言われて僕が階下のスタジオに呼びに行くんですけど、大体ピアノを弾いているかパソコンをいじってるんです。で、ピアノを弾いていると邪魔しにくい……泣いたりしているんですよ、自分の曲で。ホントに恥ずかしげもなく…この人逆にすごいなと思ったりするんですけど、ご飯ができてるから声かけなくちゃって、“ここにいるよ”みたいに自分の存在を感じさせて……オープニングのシーンはそういう視点なんですよね。
佐々木:実際、「Lack of Love」は最初は結構距離があるところから背中を追っていって、それがここまで寄るんだっていうくらいのとこまで寄って、ピアノの音もだんだん大きくなる。実際にはカメラとマイクで収録しているわけですけど、人みたいだなと思ったんですよね。演奏している人が気付いていないのを後ろからそっと行く感じ。それが冒頭にあることによって没入させるというか、まるで自分が本当にその場に立ち会って演奏していくさまを見続けている感じになる。その一方で、これは監督の音央さんの視点というか主観でもあるなって思ったんですよ。主観を観客の視点に開け渡すっていう部分と、音央さん自身のパーソナルな感覚みたいなものが二重になっている感じで、それがすごく感動的でした。
空:そこまで見ていていただけると嬉しいですね。
佐々木:全編白黒にした理由は先ほどうかがいましたが、その中でも光……照明の変化が印象的でした。
空:撮影の構成はほとんど曲単位でやっていたので、全体の流れは照明で作りました。薄暗いところから始まり、4曲目、5曲目で朝3時とか4時に水平線がちょっとだけ明るんでいる感じになり、「Aubade 2020」でだんだん白んで朝になったと知らされる。
佐々木:光の変化によって“時間”というテーマも浮かび上がってきますよね。坂本さんの最後のシアターピースは「TIME」でしたし、ご本人にとっても大きなテーマだと語られていました。面白いなと思うのは、この映画は103分の長さで、その103分の中に照明で表されているもっと長い時間がたたみ込まれている。さらに言うと撮影は何日にもわたって行われたわけですから、1つの作品の中に複数の時間の層があるわけです。実際に撮影は何日間行われたのですか?
空:8日間プラス準備に1日でした。
佐々木:8日間の撮影は連続していたのですか?
空:はい。なるべくセットリスト順に撮ったんですよ。それができたから照明による時間変化とかも考えやすく、クリエイティブな作業ができました。
佐々木:8日間の撮影を経て、いろいろな映像が撮れたと思うのですが、それを編集していくとなるとかなり選択の幅があって大変だったのではないですか?
空:実はそんなに大変じゃなくて……編集者の川上拓也がすごい優秀だっていうこともあるんですけど、彼に言われたのは、僕とビルの撮影の設計があまりにも決まり過ぎていて、これ以外に編集のしようがない……“こう使ってほしいって映像が言ってる”と言われました。
佐々木:肉親である音央さんだからこそ、神格化したくないという気持ちもあったと思いますが、実際このように1本の映画として仕上がったら、そこからまた新たに伝わるイメージとか増幅されるイメージもあると思います。そこは多分すごく悩まれたんじゃないですか?
空:ええ……実際どんな人間だったかということなんですが、死んだ後にいろいろ追悼文が書かれたりしたのを読んでみると、僕の知ってる姿とは違うというか、この人は一体誰なんだろう?みたいになって、自分の記憶すら違う物語に書き変えられているような感覚に陥ったんです。映画を仕上げるためのポスプロ作業をするにあたって、何十回もこの映画を観るんですけど、あらためて物語的な解釈を入れなくて良かったなと思ったんですよ。なぜなら解釈がないことによってそこに投影されている人物に対して自分の記憶を投影できるから。この人はこういう人だったみたいな物語みたいなものが全く無く、そういう押し付けみたいなのが無いから、僕が持っている自分の記憶が掘り起こされる。僕以外の人も同じようにそれぞれが持っているイメージを投影する媒介になればいいんじゃないかなと思ったんです。
佐々木:亡くなる前の最後の演奏ということで、どうしてもドラマチックに観てしまいがちですよね。僕は悲壮感みたいなのがいい意味で少ないのが良かったと思いました。でも、それは裏返すと僕がそういうふうに見たくないというのもあったのかもしれませんね。
空:悲壮感はどうしても出ちゃいますよね。本人のセンスと音楽が割と悲壮感に満ちているので。どんなにハッピーな音楽を作ろうとしても、どうしても和音の中に悲壮感が入ってしまう人だったので。だから全体的に悲しい感じになってしまう。なので、僕が唯一音楽で口出しをしたのが、最後の曲を「Opus」か「Aubade 2020」のような淡々としたものにしてくれってことだったんです。悲壮感にも満ちてないし恍惚とした気持ちに満ち溢れてるわけでもなく、本当に毎日をただ生活しているような曲で終わりたかったんです。その意図を本人もすごく理解してくれて、“分かった、じゃあ「Opus」をめちゃくちゃエモーションレスに弾く”って言って弾いてくれたんです。

空音央|監督

インタビュアー:佐々木敦(思考家/批評家)
編集:國崎晋(RITTOR BASE ディレクター)

佐々木:そもそもなぜライブ演奏を音央さんが映画にすることになったのですか?
空:発端は2020年に行われた配信ライブで、僕は一応カメラ担当で入っていたんですけど、実際に配信されたものの出来が良くなかったんです。で、2022年の3月か4月に“コンサートみたいなものを映像化したいから何かやってくれ”という話が来たんです。僕はちょうど自分の長編映画の準備段階で忙しい時期だったんですけど、本人の病状がどんどん悪化していたので、やはり後悔はしたくなかったのでやることにしました。
佐々木:ということはディレクションというか、どういうルックのどういう作品にするかを考えるところから始めることができたわけですね。演奏を撮影して映画にするといっても、本当にいろんなアプローチがあり得えますが、こういう形の作品にしようとした理由は?
空:最初は悩みました。ドキュメンタリー的な映像……最期の日々的なものを撮ってコンサート映像に挿し込んだりとか、アーカイブ映像を持ってきたりとか、インタビューを挟んだりとか、もしくはコンサートのビハインド・ザ・シーンみたいな、ちょっとほっとしている雰囲気の映像を挟むとか、いろいろありますよね。でも、ある時点でそれはいらないって決めたんです。
佐々木:それはすごく大きな選択だったと思うんですけど、なぜそうされたのですか?
空:自分が肉親という特権的な距離にいるからこそ撮れる映像を入れれば、もちろん本人の人間性みたいなものが見えてくるんですけど、実はそれって既に結構やられている。だから僕にできる一番のことは、ちゃんとコンサートを撮ることかなと。実際、コンサートを疑似体験するっていうのを目的とした途端、いろいろスムーズにいったんです。とにかく現場で起こったことを撮るだけにして、どれだけこの映画を通してコンサートを疑似体験できるかに徹する感じ。そうと決めたら僕の仕事は単純というか……今でも思っているんですけど、僕は本当にこの映画の監督なのかなと。音楽の方はほとんど口出しせず、映像だけ任せてもらって……映像も本当に信頼しているビル・キルスタインっていう撮影監督に任せ、あとは素晴らしい照明デザインの吉本有輝子さん、信頼する編集の川上拓也さん、カメラオペレーターの石垣求さん、小田香さん、そして録音とミックスのZAKさん。みんなすごく信頼しているスタッフなので、ほとんど任せた感じなんです。
佐々木:信頼できるスタッフに任せたとはいえ、監督として何かテーマ設定をされたのではないですか?
空:そうですね、やはり核に据える何かがないとブレるので、“身体性”をテーマとしました。それを決めたというのが監督としての自分の仕事ですね。そうしたらすぐにほかの要素が決まりました。例えば、なぜ白黒の映像にしたのですかとよく聞かれるんですけど、それも身体性を考えたからです。白黒にすることで手の皺やピアノの質感を浮かび上がらせることができる。あと、最も本質的な映画の喜びは何か?みたいなことを考えたとき、僕は炎を見てるような光と影が揺れている感じ……しかもそれがリズムに乗ってというのが一番だと思っていて、それを白黒でやるとレジェの『バレエ・メカニック』みたいな初期のダダ作品とか、アルタヴァスト・ペレシャンのモンタージュ理論に近いような、白と黒の影のダンスみたいになっていくかなと。しかもズームインすればするほど、影が大きなスクリーンを巡るだけみたいになって抽象性が増すかなと。
佐々木:抽象性というか、今回かなりストイックな作品になることは最初から分かっていたと思います。NHKの509スタジオで撮影されたわけでお客さんはいない。広いNHKのスタジオにピアノだけで、ものすごく要素がミニマルになってしまうじゃないですか。それを長編映画にするとなると映像設計が必要というか、ずっと同じ感じで行くわけにもいかないですよね。何か過去の映像作品で参考にしたものはありましたか?
空:具体的に参考になったのは『グレン・グールドをめぐる32章』という、いろいろな切り口でグレン・グールドを見せる映画でした。ピアノを撮る場合って結構アングルが限られるんですけど、こんな撮り方があるんだという発見がありましたね。もうひとつはやはりグールドものなんですけど、1960年代にレナード・バーンスタインがやっていたアメリカのTV番組にグールドが出演したときの映像Ford Presents "The Creative Performer" (1960)です。オーケストラと一緒に演奏している映像で、白黒なんですけどちゃんとライティングされていて、ハリウッドさながらのミュージカル映画みたいなカメラの動きが素晴らしいんです。こういう感じに撮れば長く観ていても飽きないなと。
佐々木:そういうリファレンスがあった上で、実際にはどのような撮影プランを考えたのですか?
空:観客がいないというのを逆に生かして、いかに観客の主観的な体験をカメラで模せるかを考えました。例えばホールのコンサートって大体何百人と一緒に聴くものですけど、次第に自分の世界に入っていって、気付いたらすごく近くにいるような錯覚に陥ることってありますよね。逆に広大なメロディに差し掛かった時に本当に風景が見えてくるみたいな感覚に陥ったりも。そんな感じで曲に寄り添った撮影をしたいと思ったんです。
佐々木:曲そのものが持っているイメージとか展開を踏まえ、そのドラマツルギーみたいなものを映像に反映させたということですか?
空:まさにその通りですね。ショットの構成を曲単位でやりました。分かりやすい例で言うと「Aubade 2020」という曲は全部固定カメラでやったんですけど、ビルに“これは淡々とした毎日の生活みたいな曲だから、小津っぽく撮ってくれ”ってお願いしました。
佐々木:観客の主観的な体験を模すようなカメラということでしたが、オープニングの「Lack of Love」は舞台袖からのカメラで、観客目線とは異なりますよね。
空:そこだけは例外というか、あれは僕の視点なんです。本人がピアノを弾いてる時に僕が一番見ていた視点は背中からだったので、それを最初にしました。何がもとになってるかっていうと、坂本龍一がまだ元気だったころ、“ご飯ができたから呼んできてよ”って母親に言われて僕が階下のスタジオに呼びに行くんですけど、大体ピアノを弾いているかパソコンをいじってるんです。で、ピアノを弾いていると邪魔しにくい……泣いたりしているんですよ、自分の曲で。ホントに恥ずかしげもなく…この人逆にすごいなと思ったりするんですけど、ご飯ができてるから声かけなくちゃって、“ここにいるよ”みたいに自分の存在を感じさせて……オープニングのシーンはそういう視点なんですよね。
佐々木:実際、「Lack of Love」は最初は結構距離があるところから背中を追っていって、それがここまで寄るんだっていうくらいのとこまで寄って、ピアノの音もだんだん大きくなる。実際にはカメラとマイクで収録しているわけですけど、人みたいだなと思ったんですよね。演奏している人が気付いていないのを後ろからそっと行く感じ。それが冒頭にあることによって没入させるというか、まるで自分が本当にその場に立ち会って演奏していくさまを見続けている感じになる。その一方で、これは監督の音央さんの視点というか主観でもあるなって思ったんですよ。主観を観客の視点に開け渡すっていう部分と、音央さん自身のパーソナルな感覚みたいなものが二重になっている感じで、それがすごく感動的でした。
空:そこまで見ていていただけると嬉しいですね。
佐々木:全編白黒にした理由は先ほどうかがいましたが、その中でも光……照明の変化が印象的でした。
空:撮影の構成はほとんど曲単位でやっていたので、全体の流れは照明で作りました。薄暗いところから始まり、4曲目、5曲目で朝3時とか4時に水平線がちょっとだけ明るんでいる感じになり、「Aubade 2020」でだんだん白んで朝になったと知らされる。
佐々木:光の変化によって“時間”というテーマも浮かび上がってきますよね。坂本さんの最後のシアターピースは「TIME」でしたし、ご本人にとっても大きなテーマだと語られていました。面白いなと思うのは、この映画は103分の長さで、その103分の中に照明で表されているもっと長い時間がたたみ込まれている。さらに言うと撮影は何日にもわたって行われたわけですから、1つの作品の中に複数の時間の層があるわけです。実際に撮影は何日間行われたのですか?
空:8日間プラス準備に1日でした。
佐々木:8日間の撮影は連続していたのですか?
空:はい。なるべくセットリスト順に撮ったんですよ。それができたから照明による時間変化とかも考えやすく、クリエイティブな作業ができました。
佐々木:8日間の撮影を経て、いろいろな映像が撮れたと思うのですが、それを編集していくとなるとかなり選択の幅があって大変だったのではないですか?
空:実はそんなに大変じゃなくて……編集者の川上拓也がすごい優秀だっていうこともあるんですけど、彼に言われたのは、僕とビルの撮影の設計があまりにも決まり過ぎていて、これ以外に編集のしようがない……“こう使ってほしいって映像が言ってる”と言われました。
佐々木:肉親である音央さんだからこそ、神格化したくないという気持ちもあったと思いますが、実際このように1本の映画として仕上がったら、そこからまた新たに伝わるイメージとか増幅されるイメージもあると思います。そこは多分すごく悩まれたんじゃないですか?
空:ええ……実際どんな人間だったかということなんですが、死んだ後にいろいろ追悼文が書かれたりしたのを読んでみると、僕の知ってる姿とは違うというか、この人は一体誰なんだろう?みたいになって、自分の記憶すら違う物語に書き変えられているような感覚に陥ったんです。映画を仕上げるためのポスプロ作業をするにあたって、何十回もこの映画を観るんですけど、あらためて物語的な解釈を入れなくて良かったなと思ったんですよ。なぜなら解釈がないことによってそこに投影されている人物に対して自分の記憶を投影できるから。この人はこういう人だったみたいな物語みたいなものが全く無く、そういう押し付けみたいなのが無いから、僕が持っている自分の記憶が掘り起こされる。僕以外の人も同じようにそれぞれが持っているイメージを投影する媒介になればいいんじゃないかなと思ったんです。
佐々木:亡くなる前の最後の演奏ということで、どうしてもドラマチックに観てしまいがちですよね。僕は悲壮感みたいなのがいい意味で少ないのが良かったと思いました。でも、それは裏返すと僕がそういうふうに見たくないというのもあったのかもしれませんね。
空:悲壮感はどうしても出ちゃいますよね。本人のセンスと音楽が割と悲壮感に満ちているので。どんなにハッピーな音楽を作ろうとしても、どうしても和音の中に悲壮感が入ってしまう人だったので。だから全体的に悲しい感じになってしまう。なので、僕が唯一音楽で口出しをしたのが、最後の曲を「Opus」か「Aubade 2020」のような淡々としたものにしてくれってことだったんです。悲壮感にも満ちてないし恍惚とした気持ちに満ち溢れてるわけでもなく、本当に毎日をただ生活しているような曲で終わりたかったんです。その意図を本人もすごく理解してくれて、“分かった、じゃあ「Opus」をめちゃくちゃエモーションレスに弾く”って言って弾いてくれたんです。

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